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「あっ。ふたりともちゃんと前見て走ってよ! でないと、また鹿とぶつかるよ!」  嵐のようにふたりがいなくなると、ふいに隣から含んだ笑い声がした。 「すみません。騒がしくて」  その人は笑いながら立ち上がると、 「小さな子はあれくらい元気なほうがいいんじゃない。それよりカズトくんだっけ。一緒に紅鹿館まで行ってくれる?」 「もちろんです。あ、お荷物、お持ちします」 「そう? ごめんね。実は宮島には今朝早いフェリーで来ていたんだ。ちょっと色々と見て廻ってから行こうとしたけれど、この暑さで参っていたんだよ」  俺はその人からキャリーバッグと小さなボストンバッグも預かった。すると、その人がスッと俺に右手を差し出してきた。差し出された手を見ていると、 「僕の名前は志岐誠也(しきせいや)。これからよろしくね」  俺は慌てて自分の右手をズボンで拭うと、差し出された手を握った。 「小泉一人です。よろしくお願いします」  最初は軽く握られていた手に、ぐっと力を入れられた。その予想外の強さに思わずその人の顔の辺りに視線を移した。すると、その人が顔にかけていたサングラスを外した。  …………、えっ? 「――――、うそ」  ん? と、その人が俺の呟きに反応した。 「どうしたの? 僕に見覚えがある?」 「あ、いえ。……じゃあ、ご案内します」  まだ信じられない自分の目を疑いながら荷物を持って歩き出す。 「うん。鹿にぶつからないようにね」  さっき、俺がチビッ子たちにかけた言葉をその人は面白そうに真似た。  その優しげな彼の笑顔を――。  俺の瞳は確実に捉えていた。
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