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「あれか?」
「うん、ありがと。なんとかギリギリのフェリーに間に合ったよ。向こうに着いたら旅館まで走れば大丈夫」
バイクを飛び降りた俺に、ちょっと待て、とヘルメットをわざわざ脱いだ村瀬さんはどこかに電話をかけ始めた。そして通話が終わると、
「ちょうど早川がうちに配達があるらしい。広場で待っとるけえ連れてってやると」
「早川さんが? よかったあ。実は暑いなかを走りたくなかったんだよね」
ホッとした様子の俺にバイクに跨がったままの村瀬さんが、ほら、とビニール袋を突き出した。
「なに?」
「朝飯。梅と昆布のおにぎり」
「えー。俺、昆布よりも鮭のほうが」
「文句を言うな。鮭フレーク切らしとったんじゃ。今日買っとくからフェリーの中で食え」
不満そうにしながらも、内心嬉しくてニヤニヤしながらビニール袋を受け取った。
「帰りは明後日か?」
「うん。午前の掃除が終わってからだから、お昼食べて午後から帰る」
「そうか。あんまり泊まりの仕事は受けるなよ」
「うーん。一応、花火大会が終わったらちょっとはお客さんも落ち着くって」
こんなことは俺よりも村瀬さんのほうが知ってるよな。
ガラガラとキャリーバッグを引いたニンゲンがフェリーへと向かった。そろそろ出航の時間だ。村瀬さんも一度、フェリーのほうへ視線を向けるとヘルメットを被ろうとした。
「あ、村瀬さん。髪になにかついてるよ。ちょっと屈んで」
えっ、と村瀬さんが前屈みになる。もう少し、と言うと、さらに俺に近づいてきて……。
――チュッ。
「っ! カズトっ。誰かに見られたらどうするんじゃっ」
顔を赤くして拳で唇を隠した村瀬さんにニッコリと笑いかけて、いってきます、とフェリーへと走った。
ヤラシイことしか頭にない年頃なんだから、キスくらいしてもいいよね?
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