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 村瀬さんが立ったままぱらぱらと情報誌を捲っていくと、ページの間からヒラリと一枚のチラシが落ちた。  ――あっ、ヤバイ! 「なんじゃ、これ?」  ガリガリくんを口に咥えた俺よりも先に、屈んだ村瀬さんが床に落ちたチラシを拾った。そしてチラシの内容を読むとみるみるうちに顔色が険しくなった。 「……カズト、まさかおまえ、こんなホスト紛いのことをするつもりか?」  うわ、最悪。よりにもよって一番見られたく無いものを、見られたく無い人に見られるなんて。 「『大人の男性求む。エグゼクティブで高収入の女性を癒やすお仕事です』? 怪しさ満点の求人広告じゃな」  ジロリと上から視線を降ろされて、さすがに俺は体を起こしてソファに座り直した。 「大体、おまえは大人の男性じゃなかろうが。なんなん? これ」  えーと、とガリガリくんを持っていないほうの手で後頭部をがりがり掻くと、 「こんな面白い求人広告がビルの壁に張ってあったって……、山内が」  はあ? と村瀬さんが大袈裟に声を上げる。 「山内が? あのくそガキ、なにいらんことさらしとるんじゃ」  うう、こんなとき本当に迫力があるんだよな、広島弁って。  山内は俺の高校時代の希少な友人だ。大学は別になったけれど、たまに通学途中の駅で声をかけられることがあって、今日も夕方にばったり出くわしてちょっとだけマックで話をした。  そのときに俺がバイトを捜していると言うと「こんな面白いもんがあったで」、と笑いながらそのチラシを俺に渡してきた。  村瀬さんは山内に対してあまり良い印象がないからか、俺が山内と会うのは少し面白くないらしい。 「それは冗談だよ。だって村瀬さん以外の顔がわかんないのに、ホストみたいなことできるわけないじゃん」  当たり前じゃ、と村瀬さんは言うと、 「おまえなんか、癒やすどころか客の女たちに喰われてしまうで」  喰われるって……。  その言い方にちょっとカチンときて、 「そりゃあさ、村瀬さんなら良いかもね」
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