祖父のボタン

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 私は悩んでいた。 かれこれ小一時間、目の前のボタンを押すかどうか迷っていた。 それはよくテレビのクイズ番組で見るピンポーンと鳴るボタンにそっくりで、先日亡くなった祖父の形見分けで貰ったものだ。 古いものらしく、どう見てもガラクタに見えるのだが、裏を見ると 『一回だけ夢を叶えるボタン』 と書かれており、捨てられそうな所を何となく興味がわいて貰ってきたものだ。 祖母の話では、祖父はこのボタンを大事に棚にしまっていたそうだが、何に使うものかは分からなかったらしい。  私はくるくるとボタンを角度を変えて眺めながら押すかどうか悩んでいた。実際このボタンを押して夢が叶うなんてどう考えても信じられない。まあ冗談のつもりで祖父も持っていたに違いない。まあ面白そうだし、もし本当に叶えたい事ができたら その時押してみようと私は考え、机の引き出しにそれを仕舞った。そんなことよりも明日の就職の面接のほうが大事である。 ふとこのボタンを押すと明日の面接は大丈夫だろうか?という考えが頭をよぎった。が、こんな事よりもっと大切な事のためにとっておこうと考え直し、面接の準備に取り掛かった。  面接は思っていたよりもうまくいき、一週間後には採用通知が届いた。やっぱりあの時ボタンを使わなくてよかったと思い、もっと大切な願いのためにとっておこうとボタンを眺めた。  私は社会人になり、素敵な女性と結婚し子供も出来た。それなりに出世し、今では定年し、孫に囲まれて静かに過ごしていた。病院のベッドの上で。  私はベッドに横たわりながらボタンを眺めていた。この年になるまで一度も押さなかった。正確には結婚したいとか、お金持ちになりたいと思い、何度もこのボタンを押そうと考えた。しかし、結局押さなかった。きっとこんなことよりももっと大切な願いのためにと押すのを我慢した。その代わり私は必死に頑張って今の幸せな環境を築いた。余命幾ばくもない私だが、自分の人生には満足している。 「私はこのボタンに願いを叶えられていたのだな。」 夢の叶え方なんて何てことないな。 何となく可笑しくなり、クスッとした。 「おじいちゃんどうしたの?」 孫が不思議そうに私の顔をのぞきこんだ。 「ああ、実はこのボタンはね...」 孫はこのボタンを受け取ってくれるだろうか。
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