パン、美味しいなぁ

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 私が、自分で決めてもいい? 自分で、変えてもいい?  改めて教えてもらえたそのことが、私の中にぽかぽかと安心を与えてくれる。  ここ最近の悩みが一気に氷解した為か、その反動のように全身がふにゃふにゃになってしまって、緊張して然るべき状況なのに、身動きが出来なかった。  ふ、と体から力が抜けて、店員さんに寄りかかる形になってしまう。彼はびくともせず、私の背に手を回しながら、優しく頭を撫でてくれていた。  段々と速度が落ち着いてきた店員さんの鼓動が、ずっと耳元に聞こえている。鼓動の元、心臓の辺りに目をやると、そこには名札があった。矢代さん、というのか、この人は。  名前を知れて、何だか嬉しかった。  そうして、ほっと息を吐き、抱擁の心地好さに目を細めていると、ふと思い立つ。あれ、こういう時、手はどうすればいいだろう。映画とかドラマとかでは、どうしていたっけ?  恐る恐ると、矢代さんの背に手を回し、自分からさらに密着する。温かくて、心だけじゃなくて、冷えた体にとっても、矢代さんの体温は気持ち良かった。  「っ、柚希ちゃん……!?」  体の隙間がなくなるくらいくっ付いた所で、矢代さんは慌てたように私の肩に手を置いた。引き離す感じじゃなかったけれど、私は大人しく身を引いた。冷静に考えると、自分がとんでもないことをしてる気がしてきたからだ。  「……あの、」
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