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(二)
初めは、家族なのかと思っていた。それにしては、見つめるママの視線に熱がこもっているのだ。それでも学生は、気にすることなく膳を平らげると、お代も払わずに「じゃ、」と言って出て行く。その背中を、ママは潤んだ目で追いかける。「おやすみなさい」というお決まりの挨拶が、やけに甘ったるく店に沁み渡る。
ふと我に返ったママは、「そろそろ閉めるわよ」と私のほうを見て言う。さっきまでの潤んだ眼が気のせいに思えるほど、覚めた目を向ける。私はそろそろとお代を置いて、小声でご馳走さま、と言って暖簾をくぐる。「おやすみなさい」ママの声が暖簾の向こうから聞こえてくる。
それは、七十を過ぎたママの恋だろうか。五十才は年下であろう学生は、そんなことお構いなしに、夕飯にかかる食費を浮かせているのだろうか。それとも見えない場所で、ママの想いに応えているのだろうか。帰っていく彼の背中に嫌悪の影は見えなかった。
まるで野良猫に餌をあげるように、惚れた男の胃袋を満たす。それが定食屋を五十年という長い間続けてきたママの究極の恋の形なのかもしれない。そしてその恋は、それ以上進まないからこそ、ママの眼をあれほどまでに潤すのかもしれない。
ただ、ママのあの眼に気づいたときから、店には行きづらくなってしまった。閉店間際に暖簾をくぐる私は明らかに恋のお邪魔なのだ。彼がやって来ない日、ママは仕方無しにぶっきらぼうに私に話しかける。「最近は大学の入学式に親がついてくるのよ。恥ずかしいったらないわ」 とか。
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