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(三)
しばらく店から足が遠のいているうちに、ビルには足場が組まれ、白いネットで覆われていた。工事のお知らせと書かれた看板には、そのビルが耐震問題から取り壊しになったことが記されていた。隣には、ママの達筆による閉店のお知らせが並んで貼り出されていた。
最後に店に行った日には、彼の姿は無かった。お客は私だけで、ママは珍しく孫の話なんてしていた。「絶対に『おばあちゃん』とは呼ばせないのよ。名前で呼ばせてるの」と自慢げに話した。
「孫とデパートに行ったのよ。あたし、エスカレーターとか嫌いよ、地下鉄の階段を駆け上ったわ」
普段は着物に割烹着のママが、菜の花のような黄色いスカートを履き、かろやかに銀座の地下鉄の階段を駆け上る姿が目に浮かんだ。
「店を畳むタイミングがわからなくなっちゃったわ。だってあたし、元気なんだもの」
そんなママでも、立ち退き後に新しい場所で店を開くことはないだろう。
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