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できそこないの悲劇
きっと生まれてからずっと、自分がその話を初めて聞いたと自覚する以前から、私はその話を聞いてきた。
――あなたは、大きくなったら公太さんと結婚するのよ
父よりも母が私の身近にいたから、そんなふうな言葉で脳に焼き付いているけれど、もちろん父からもその話はたくさんされていた。
その話に、私はずっと不満なんて持っていなかった。優しい父と母が勧めることだ。悪い話だと思うはずもなく、そうなることが当たり前で、そうなれるように私は頑張るべきなのだと思って来た。
簡単に言ってしまえば、それは私にとっての夢だった。
「安里様」
控室のドアがノックされ、開いたドアから木乃衣が顔をのぞかせた。
「準備が整いました。そろそろ大広間の方へ」
「そう。……ねぇ、木乃衣。最後にもう一度久鳥さんに――」
「いけません」
ピシャリと、木乃衣が私の言葉を遮る。でも、その声は決して怒っているわけではなく、優しさの詰まった響きだ。許されることはないけれど、それでもその気持ちは分かると言っている。
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