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安里が愛を知ったのは、大学に入学して鈴江久鳥と出会ったからだ。それまで何の疑問も持たず大学の卒業と同時に水上公太との結婚を受け入れていた安里が、泣きながら私に訴えてきたのだ。
そんな未来はいらない、と。
久鳥と安里は同い年で、同じ学部学科の学生として、大学一年の時に出会った。これは完全な偶然だが、久鳥は美浜市内にある小さな生花店の次男だった。同郷の学友ということで接点ができ、交流を深める中で二人は恋に落ちた。
しかし、それは報われることのない恋だ。結城家は今は落ち目にあるとはいえ旧名家。一方で久鳥の鈴江家はそういうものとは無縁の一般家庭であり、久鳥は次男。生まれた時から公太という許嫁がいる安里が、それを覆してまで久鳥と一緒にいられるわけがなかった。
それは安里の幸せだけを願ってきた私にとっても辛いことだ。御付としての御役目があって恋をしたことのない私だけれど、それでも安里の幸せや悲しみのことなら誰よりもよく分かっている。何度も安里の涙を見て、私の心もおかしくなりそうだった。
けれどどんなに願ったところで、家が絡んだことを娘の安里、まして御付の私がどうこうできるわけもない。
常識的に不可能だから、今日を迎えている。
大広間の前に着くと、閉じたドアに強く二度ノックをして声をかける。
「お嬢様、旦那様をお連れいたしました」
「ありがとう。どうぞ入ってきてください」
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