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「これで勝ったら決勝、これで勝ったら決勝……頑張れよ俺、まだいけるぜ」
俺は呪文のように呟き、震える手に力を込めて長い槍を握る。観客の歓声を耳から排除していななく馬を手綱を引き首を叩いて諌めると、鋒(きっさき)を潰した重たい槍を真っ直ぐに構えた。視線の先にいる相手は若く勢いのある立派な警務騎士だ。一方俺はうだつの上がらない片田舎の自警団員であり40代の立派なおっさんだった。
そんな俺が何故馬上槍試合に参加しているのかと言うと、ちゃんとした理由がある。栄光とか名誉とかそういう青臭いもんじゃなく、汚く言えば賞金が欲しいのだ。
そこそこでかい地方都市のダーセルで行なわれている祭りの呼び物の一つに『馬上槍試合』があり、金を必要としていた俺はその優勝賞金に目を付けた。50万ゼールと言えば庶民にとっては大金であり、この金が有りさえすれば悩み事が吹っ飛んでお釣りが出るくらいだったからだ。幸いダーセル市民でなくとも参加は可能であったので、これしかないと考えた俺は一も二もなく参加することにした。
馬上槍試合なんて一般市民が簡単にできるものではない。しかし俺は一般市民ではなく自警団員だ。さらに言えば7年前まで皇都の警務騎士団で腕利きの騎士としてその名を轟かせていた過去があり、馬上槍試合はお手の物というわけだった。
「あと2勝すれば……」
中央の審判が赤い旗を振り上げ、俺と相手を交互に見る。名前が読み上げられ歓声がでかくなったことから相手は人気のある騎士なのだろう。俺の名前は何処にでも転がっているようなショボい名前だし、トット町というど田舎の自警団員なので歓声すらわかない。それで結構、俺に声援など不要だ。
会場が静まりかえる中、俺は審判の旗に集中し……そして赤い布が縦に振り下ろされた。
俺の名前はマイク・ターナー。今年で43歳になるしがない田舎の自警団員だ。
身長はそこそこあるが、年と共についた背中の贅肉と最近ぽっこり出てきた腹がまごうことなき中年のおっさんであり、目尻の皺や笑うとなかなか元に戻らない豊麗線、剃るのも面倒なショボいあご髭がさらにおっさんということを強調している。当然未婚であり、酒も煙草も何でもござれとばかりの堕落した生活の所為なのか場末の女すら近寄ってこない有り様だ。
だが、この生活に不満はない。
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