夢破れた男の話

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「あんたより偉いわよ。私だって人生挫折だらけだけど立派に働いてるものね。あんたは何だい、騎士が無理だってだけで手足はぴんぴんしてるんだろ?」 「うるせぇっ!! 帰んな、二度と来るなよ」  という最悪な初対面の後、散々脅したはずのあの女は二日と開けずやってきた。口を開けば自警団自警団とうるさい女は名前をハンナ・スミスと言った。俺と同じく田舎臭い名前の中年女のハンナは『商店街の行かず後家』と言われて久しい32歳のちゃきちゃきなおばさんで、三年前に相方と一緒に洋裁店を出したばかりの商店街の新参者だった。一年前に同い年の行かず後家な相方が結婚してからは一人で切り盛りしているようで、借金を返すのに苦労しているらしい。相方はと言えばこの町から馬車で4日くらいかかる港町に引っ越してしまい実質一人で借金を被っているようだ。  俺には関係ないことだというのに買い物に出た俺に商店街のおばさん連中が木枯らしの吹き荒ぶ中、わざわざ引き留めてご丁寧に説明してくれた。あのハンナとか言う女も苦労してんだなと少しだけ同情したがそれだけだ。そして俺は久しぶりに外の空気に長く触れてしまった所為で風邪を引いてしまい、部屋の中でうんうん唸る羽目になってしまった。篭りっぱなしで免疫力が低下して貧弱になってしまっていた俺は熱の所為でガタガタと震える身体に毛布を巻きつけて汚い床に丸くなって耐えていた。  そこで俺の意識は途切れ、再び意識を取り戻した時には何故かあの女……ハンナがいた。  俺の手を握り、拙い治癒術をかけながら俺の名前を呼んでいたハンナは俺が目を覚ましたことに気がついた途端にボロボロと泣き出してしまう。ごめんね、見よう見まねの治癒術しか使えないんだよ、医術師様に伝令を飛ばしたからもう大丈夫だよと俺の手をさすりながら泣いているハンナに俺はばつが悪くなる。突き放しても突き放しても家を訪ねてきていたハンナは、俺の返事がないのに朝から晩まで灯りがついている部屋を不審に思い、玄関戸をぶち破って中に入ったらしい。  とにかくお節介なハンナのお陰で助かった俺は、借りを作るのが嫌で自警団員になることを引き受けた。あの自堕落な生活の所為で弱くなった身体を鍛え直して新しい生活基盤を作るのに丁度いい。それからハンナは役場の職員と自警団の奴らに引き合わせてくれて、俺は晴れてトット町の自警団の一員となったのだ。
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