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ところが、そうではなかった。
百合子様は、その手で私を包み込むように抱きしめた。
そして、涙に濡れた声で
「あぁ、トレナ...私の大切な娘...。これまでのひどい扱いをどうか許して頂戴。」
と、言いながら、私の頬を撫でた。
温かい...。
とても優しい手の温もり...。
本当に、そう思ってくれているの?
「...トレナ...。私たちが、あなたにあんな酷いことをしてしまったから、それで逃げてしまったんでしょう?」
百合子様は、私が誘拐されていたことを知らないみたい。
どうやら私が逃げ出したと勘違いしているようだった。
「...えっ?」
「いいのよ...何も言わなくて。」
違うと言おうとして、百合子様の言葉に止められた。
「でも、あなたはこうしてまた戻って来てくれた。...私はそれがとても嬉しいの...。本当に...ごめんなさいね...。」
「...百合子...様...。」
彼女の肩が小さく震えている。
こんな風に泣いている百合子様を見るのは初めてだった。
「トレナ...いいのよ。もう、いいの。私のことを...どうかお母様と呼んで頂戴。」
「お母様...。」
そうやって囁くように呼びかけると、涙が溢れてきた。
まるで彼女の涙が移ったみたいに、私もお母様と一緒に泣いた。
もしかしたら、私はこの人にこうして抱きしめてもらいたかったのかもしれない。
そう思うほど、腕の中は温かくて心地がよかった。
そのあまりの心地良さに、私はお母様が私の本当の名前を呼んでいないことにも気付けないままでいた。
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