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「社長、会場の準備が整いましたので、そろそろお越しください。」
部屋の窓辺に立って、夕焼けに染まる街の景色を眺めていたら、後ろから声を掛けられた。
実際のところは、まだ動きが見られないあの三角屋根の洋館を眺めていたいが、そうもいかないだろう。
「ん?ああ、もうそんな時間か。」
とりあえず、適当に返事を返しながら、まだ視線はあの洋館に貼り付けてある。
「社長、そろそろ...。」
第二秘書の丸山は時間管理に長けている。
時には秒刻みで仕事をこなさなくてはならないこの業界のなかで、彼ほどスケジュール管理を完璧にこなせる男はいないだろう。
その彼が、メタリックの眼鏡の縁を指で持ち上げながら催促している。
恐らく、もうタイムオーバーなのだろう。
仕方なく、窓枠から手を離したとき、内ポケットに入れていた携帯電話が小さく震えた。
電話はツーコールですぐに切られた。
なるほど...。
これはGOサインだ。
「あぁ、わかったよ。行こうか。」
少し勿体ぶったようにゆっくりと振り返り、机の上の眼鏡を取った。
「おや?今日は眼鏡ですか?」
「あぁ、ちょっとコンタクトの具合が良くなくてね。」
この黒縁メガネは嫌いじゃない。
軽い仮装でもするように、別人になるスイッチのように感じる。
「じゃあ、参りましょうか。皆さん首を長くしてお待ちです。」
そう言ってドアを開いてくれた丸山の後に続いて、ゆっくりと会場へ向けて足を踏み出した。
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