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「むー!」
暴れる永凛を、彼は難なく押さえつけた。
「こらこら、お楽しみの邪魔すんなよ。悪いな。俺たちのことは気にすんな」
二人がその場を去ってしばらく経つと、再びまぐわっている声が聞こえてきた。
「なんであんなとこで盛ってんだ? あいつら」
永凛は疑問を呈す。
「オメガってのは、発情期があるんだ。アルファやベータがそれに反応して、ところかまわずやっちまうらしい」
アルファだのベータだの、聞き覚えがない言葉ばかりだ。
「どこの言葉だ、それ」
「西蘭(せいらん)って国だ。髪が金ピカで、目が天狗みたいなやつらが住んでるそうだぞ」
「天狗……」
たしか、柳が読んでいた本に出てきた気がする。なんにせよ、自分には関係のない話だ。なんとかしてこのクマ男から逃げなければ。永凛は拘束された腕で、蒼華の肩をバシバシたたいた。
「なあ、クマ。ションベン行きたい」
「ダメだ。逃げる気だろ」
「逃げないって。逃げてもそのおたまじゃくしみたいなのが追いかけてくるし」
「精霊じゃバカタレ。じゃあソウエンをつけたまんま行けよ」
蒼華はそう言って、永凛を地面に降ろす。
「あんがと、クマ」
「クマじゃねー! いい加減頭カチ割るぞ?」
蒼華がさっと拳を振り上げる。永凛は、そそくさと木の影に隠れた。
「ふんっ!」
全力でソウエンを引き剥がしにかかる。押しても引いても踏んでも、それは剥がれない。ぐぎぎぎ、と歯をくいしばる。
「と、れ、ねえ……っ」
冗談ではない。このまま緋家とやらに連れて行かれたら、多分今夜中には帰れないだろう。子供たちが腹を空かせて待っているのだ。柳がいるから安心とはいえ、彼は高齢で足が悪い。それに、永凛が戻らないとみんな心配するだろう。
必死に引き剥がそうとしていたら、ざくっ、という音が聞こえた。
──ん?
永凛は、音がしたほうに目を向けた。木々の合間に、誰かが動いているのが見える。
永凛はあ、と声を上げる。その姿には見覚えがあった。こないだの追い剥ぎだ。彼は円匙を放り投げ、地面に膝をついた。中にあった死体を引き上げる。
「あいつまたやってる……」
しかし、なぜわざわざ埋められた死体を掘り出しているのだろう。そうして、あたりに白と黒の旗が立てられているのに気づいた。ここは霊場なのだ。
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