散歩がてら

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 俺は毎日朝になると、ポテと一緒に散歩に出る。  しかし散歩と言ってもまだ小さくて体力のないポテを抱っこして外に出るのだ。そして抱っこしたまま歩き、一緒に朝の光を浴び、新鮮な空気を吸う。  河原に着くとポテを下に降ろし二十分ほど歩かせる。 「ワン!」  ポテは短い尻尾をフリフリしながら川岸と俺との間を行ったり来たりする。  そんな姿も可愛くて仕方ない。  いっぱい歩かせたあとは小さなポテをまた抱っこして帰る。  これが俺たちの朝の日課だ。 「今日坂本課長の歓迎会ですよ」 「はぁ……」  思わずため息をついてしまった。  休憩室の自販機の前の椅子にだらしなく座った。 「坂本課長と藤間さんて以前に面識があるんですよね?」  山田がコーラの紙コップを片手に俺の前に座った。 「あいつが一年目の時に俺があいつの教育係だったんだよ」 「なるほど……。それでその時に藤間さんが坂本課長をイジメていたと」 「そんなわけないだろ!」 「ですよね。藤間さんがそんなことしませんよね。でも坂本課長の藤間さんに対する態度ってなんか変じゃないですか?」 「…………」  俺は黙ってコーヒーを飲んだ。  勘のいい山田でもその理由はわからないだろう。  俺が別れを切り出して、満が承諾しないまま俺がマンションを引っ越してしまったからだ。  それを満は怒っているのだ。  俺もそれで完全に満から逃げ切れると思っていたわけではないが、まさか満が直属の上司になって現れるとは思っていなかった。 「明日は休みだし、なんとか乗り切るよ」  またため息が出てしまった。  会社の近くの居酒屋の個室で満の歓迎会が行われた。  満は女子社員に囲まれている。満は笑顔を振りまいているが内心うんざりしていることが俺にはわかっていた。 「先輩」  山田が俺にビールを注いでくれた。 「二次会どうします?」 「行かないよ」  俺は早く帰ってポテと遊ぶんだ。  実は昼休みにペットショップに行って新しいオモチャを買ったのだ。早くそれでポテと遊びたい。 「でも俺、いまいちあの課長好きになれないんだよなぁ」  それを言ったのは俺の向かいに座っていた一つ年上の先輩の村元だった。 「いっつも爽やかに笑ってるけどさ、本当は別のこと考えてそうなんだよな。なんかいまいち信用できねっつーかさ」  村元は女子社員に囲まれる満を見ながら言った。もちろん満には聞こえない声で。  きっとそれは年下上司へのやっかみも入っていたと思う。満の快進撃は周りに敵も作っていた。  きっと俺以外は敵ばかりだ……。 「俺は村元さんの笑顔の方が好きですよ」  そう言ってビールを注いでやると村元は「だろー?」と言って笑った。  結局、満とは挨拶程度しか話さずに歓迎会を後にした。  家に帰りポテと新しいオモチャで遊んでいた。ポテが小さなクッションボールを牙でガジガジ噛みながらコロコロと転がる。 「おーこのオモチャ気に入ったかー?」  オモチャで遊ぶポテを見ていると家のベルが鳴った。 (こんな時間に誰だ?)  玄関のドアを開けるとネクタイを緩めた満が立っていた。赤い顔をして、ドアの隙間から俺を睨みつけている。 「いいよな、お前は。嫌なことから簡単に逃げ出せる性格だから」 「…………」  仕方なくドアを開けて満を玄関に入れてやった。 「俺はさっきまで部長に飲まされてたんだぞ。女子社員には媚びへつらい、男の部下には悪口を言われながら」 (……聞こえてたのか)  フラついた満を抱き止めた。 「大丈夫か?」  満が俺の胸に体を預けると、酒の匂いが鼻を掠めた。 「……俺は……お前のそういうところが嫌いなんだ……」 「ごめん……」  謝ったが、同時に赤い顔をしている満が心配になった。  玄関にしゃがみ込んだ満の靴を脱がしてやった。 「なんでここが分かった?」 「こっそり社員名簿で調べた」 「……そっか」  やはり同じ会社では逃げ切れないようだ。  立ち上がって部屋に入った満がなぜか立ち止まった。 「どうした?」  後ろから覗くとポテが満の目の前にいた。キラキラした目で満を見上げている。 「ワン! ワン!」 「……なんだ、この小動物は」 「お前も小動物じゃないか」  そう言ってやると満はものすごい勢いで俺を振り返り、血走った目で睨んだ。 「…………」  ポテと無言の挨拶を済ませた満は、スーツを脱ぎ、下着姿になって勝手にベッドの中に潜り込んでしまった。 「…………」  俺とポテはそんな満を見つめた。
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