散歩がてら

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「坂本課長ってまだ独身ですよね?」 「うん」  昼休憩時、山田と一緒に近くの蕎麦屋に来ていた。 「モテそうだからきっと女から引く手あまたでしょうねー」  俺は店に置いてあった漫画雑誌を読みながら答えた。 「そうだな」 (……本人は迷惑だろうけどな) 「俺噂で聞いたんですけど、坂本課長もうすぐマンション買うらしいですね」 「ふーん」  蕎麦茶を飲みながら返事をした。 「家族と住むって言ってるらしいですけど、もしかして結婚近いんですかね?」 「さぁ?」 「結婚が近いからあんなにがむしゃらに働くんですかね?」 「さぁ?」 「俺もあんなにがむしゃらに働いたらモテますかね?」 「それは無理だろ」 「なんでそこだけははっきり答えるんですか!」  満は一人っ子で親は離婚していて、育ててくれた母親は再婚して、再婚相手との間に子供もいる。  満には養う家族はいないはずだ。  俺は怒る山田を笑いながらも満のことを考えていた。 「ポテ、これ取ってきて?」  俺はピンクの柔らかいボールをポンッと投げた。  ポテは芝生の上を跳ねるように駆け、ボールを口に咥え、戻ってきた。 「よーし、賢いぞー」  俺は両手でポテを撫でた。  ポテも舌を出し、尻尾をフリフリして嬉しそうにしている。  いつもの散歩コースの河原には他にも犬を連れた飼い主たちが歩いている。  ポテは他の犬が近くに来ると怖がるので、その時はそそくさと場所を移動するか帰ることにしていた。  今日も大きめな犬がやってきたので帰ることにした。  帰る途中で満に会った。  休みのはずなのにスーツ姿である。  満の家はこの辺ではないので俺に会いに来たのは間違いない。俺のアパートの前のガードレールに座る満に話しかけた。 「なんでスーツ?」  よく見ると満は目の下にクマができていて、うっすらと髭も生えている。 「さっきまで吉川さんとこで麻雀してたから」 「えっ、吉川さんてあの吉川さん⁉」  吉川とは取引先の部長で、麻雀が大好きなおじさんだ。 「まさか徹夜で付き合ったのか⁉」  満があくびをしながら頭を掻いた。 「眠い。シャワーとベッド貸して」 「いいけど……」  眠いなら自分の家に帰ればいいのに……。  満が俺の部屋に向かって歩き出したから俺とポテも付いて行った。 「お前一人でウチの会社をブラックにするなよ」  うちは課長にもちゃんと残業代を払ういい会社なのに。 「今日だけだよ。ずっと誘われてたからさ」  またもあくびをしながら満は答えた。  思わずため息が出た。  シャワーを浴び終えた満が腰にタオルを巻いて出てきた。  俺が用意しておいた下着とTシャツを着てベッドに座る。その前に立ち、タオルで頭を拭いてやり、ドライヤーをかけてやった。 「満、俺マンションなんかいらないからな」 「…………」  満が髪の隙間から俺を見上げた。 「……俺はお前のためだと思えば頑張れるんだよ」 「それは俺を言い訳にしてるんだろ?」 「ちがうよ」  満は寂しがりやで、誰かのためじゃないと生きていけない。  俺のために頑張ろうする満と一緒にいるのは辛かった。 「でも俺はそんなの望んでないよ」  俺がそう言うと、満が俺のシャツの裾を引っ張った。 「俺はお前のために生きたいんだよ。そのために働きたいんだ。おかしいことか?」  でも俺は満に養われたいわけじゃない。  俺はそんなの望んでない。 「責任取れよ?」 「え?」  満がベッドの中に潜り込み、布団の中からくぐもった声で言った。 「俺はお前から絶対離れないからな」 「…………」  頭の中が混乱しそうになったが、とりあえず落ち着こうと、ポテを両手で撫でた。
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