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「先輩知ってます? 坂本課長会社辞めるって」
「ああ」
有言実行の満はもう辞表を出してしまったらしい。
辞める噂が広まってから満のことを俺に尋ねてくる人が増えた。なぜか俺と満が仲が良いと知られてしまっているらしい……。
「結婚するんじゃなかったんすかね?」
「さぁ」
「……先輩、本当は何か知ってるんじゃないですか?」
「…………」
勘の良い山田がどこまで気づいているかはわからない。
「まさか、先輩も辞めたりしませんよね?」
鋭い山田のニキビ面の目が俺を見据えた。
そのおでこを小突いてやった。
「いてっ」
「俺はこの会社を愛してるからな。一生この会社に骨を埋める覚悟だよ」
「そんなの嘘に決まってるじゃないすかー! 先輩仕事嫌いじゃないっすかー!」
おでこを押さえて叫ぶ後輩から逃げ出した。
昼休憩から帰って来た満を捕まえ、休憩室に連れて行った。
コーヒーではなくコーラを買ってやった。満はこっちの方が好きなのだ。
「お前本当に辞めるつもりか?」
コーラを飲みながら満が答えた。
「もう遅い」
「い、いやでもお前、止められただろ?」
「俺の代わりならいくらでもいるだろ。会社なんだから」
「でも」
「俺にしかできない仕事があるわけでもないし」
一気に飲みきった満が、空になった紙コップをゴミ箱に捨てた。
「俺には俺にしかできない仕事がしたいんだよ」
そして俺の顔を睨み付け、
「お前も早く覚悟決めろよ」
と言い残し、仕事へ戻って行った。
「…………」
一人残り、窓の外を見ながら考えた。
(そもそも俺たちはケンカして別れたはずだったんだけどな……)
でもそれは満が自分のことをないがしろにするからだ。離れれば変わってくれるかと思ったのに、全然変わってくれない……。
そんな満が一人になったらどうなるか……。
「……はぁ……」
ため息をついて紙コップを握り潰し、ゴミ箱へ放り投げた。
河原でいつものようにポテと遊ぶ。
ポテは少し大きくなった体をコロコロとよく動かして走り回る。ポテは自分より少し大きな犬くらいなら怖がらなくなった。戻ってきたポテを両手で撫でて褒めてやる。
俺はポテが元気でいてくれるだけで嬉しい。他には何も望まない。
満にもそうだ。
満が元気でいてくれるだけでいい。
それ以外いらない。
でもそれを満はわかってくれない。
俺に何かを与えようとする。俺のために生きようとする。
(……満は、俺がいないとだめなんだ)
空を見上げると、雲がたくさん残っていた。
(覚悟か……)
「ポテ、満のこと好きか?」
ポテは俺を見てハッハッと息をして尻尾を振った。
「好きだよな?」
今朝も満が寝る前に脱ぎ捨てたシャツにくるまって遊んでたもんな……。
「俺たちであいつを守ってやろうか?」
ポテが俺の足に飛び付いてきたのでそのまま抱き上げた。
そして満が眠る部屋へ帰った。
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