散歩がてら

8/9

172人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
「いいか? ポテ」  俺はしゃがみ、ポテを目の前に座らせた。ポテは舌を出して俺を見上げている。 「今日からお前は藤間ポテであり、坂本ポテでもあるんだぞ?」  ポテのハァハァという息づかいで返事をした。きっと理解してくれているに違いない。 「何やってんだ、おまえは」  ダンボールを持っている満が呆れた顔で俺に声をかけた。  今日は引っ越しの日なのだ。  家の中はダンボールだらけ。 「今日は寝室とポテの寝床は作るんだからな」 「はいはい」  俺が立ち上がると、ポテも後ろから付いてきた。  満と共同名義でマンションを買い、満は無事に会社を辞めた。未練などはないようだ。  新しく立ち上げる会社に早く取り掛かりたいのだろう。もの凄いペースで部屋を片付けている。  しかし俺は満と一緒に退職というわけにはいかず、もう少しだけ会社に残る。  すでに辞表は出しているため、後輩の山田からは愚痴られ、満との関係もすっかり怪しまれている。  別にバラしてもいいのだが、できれば退職したあとの方がいい……。 「おい、広信(ひろのぶ)」 「ん?」  名前を呼ばれ振り返ると満が目の前にいた。 「ポテが坂本ポテになるということは、おまえも坂本広信になるということだよな?」 「は?」  満の顔が下から近づいてきてキスをされた。そして満が満足そうに笑った。  でもそれはおかしい……。 「……言っとくけど、俺の方が年上だからおまえが藤間満になるんだぞ」 (本当の家族になるならの話だが……)  反発するかと思いきや、満は嬉しそうな顔をした。 「藤間満か……。いいな、今すぐなりたい」 「おいおい」  首に手を回し、ぎゅっと抱きつく満を受け止めた。ポテも俺の足にまとわり付く。  満が俺の耳元で囁いた。 「俺、おまえといれば寂しくないんだよ。おまえとポテのためだと思えば何だってできる気がするんだ」  満の温かい背中をさすってやった。 「だからそういうのは望んでないってば」  俺の役目は満の暴走を止めることだ。 「なぁ、なんでポテって名前つけたんだ?」 「…………」  この質問にはできれば答えたくない……。好きと言うより恥ずかしいかもしれない。  だけど満は答えるまで離してくれなさそうで、顔が赤くなるのを感じながら仕方なく口を開いた。 「……おまえがポテトサラダが好きだからだよ」 「やっぱり」  満がフフッとかわいく笑ったので俺も満をギュッと抱きしめた。  ポテが抱き合う俺達を下から見つめている。 「なぁ、結局おまえだって俺とは別れられないんだろ?」  満のその言葉に仕方なく頷いた。 「そうだな……」  結局、一秒たりとも満を忘れることはできなかった。今も抱きしめているのに、それでも恋しくてたまらない。  かわりに犬を飼おうなんて馬鹿げていた。  満は満でしかないし、ポテはポテでしかないのに…。  俺は裸のマットレスの上に満を押し倒した。 「もしかして、今日は新婚初夜か?」  満が俺を見上げて楽しそうに笑った。 「そうだな。まだ夜じゃないけどな」  満にのしかかってキスをした。しかしポテも俺たちの顔を舐めようと近づいてきた。 「……続きはポテが寝てからにしようか」 「……そうだな」  満の手を取って立ち上がらせると満はまた片付けに戻った。それを見ながら俺はダンボールからポテのおもちゃを取り出し、ポテと遊ぶことにした。 「よ~しポテ、これ取ってくるんだぞ~」  ボールを投げるとポテが走り出した。 「おい! お前やる気あるのか⁉」  満の声が新居の中に響いた。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

172人が本棚に入れています
本棚に追加