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これといった資源もなく、国土も小さいこの国が世界幸福度ランキングで上位を維持できている背景には国家希望実現局の活躍があった。国家希望実現局はこの国の最重要政策のひとつとして掲げる「夢のある国づくり」実現のため、国民のさまざまな願いや夢を叶えてきた。
国家希望実現局で働く公務員である彼らの仕事は、叶える夢の選定であり、これから行われるのはそのための会議だ。
「この国では夢は努力しても叶いません。今回も悩める国民の夢を我々で叶えていきましょう」
国民の夢を選定する会議はおなじみの挨拶とともに、とりまとめ役を務める神宮寺のしわがれた声から始まる。
「前回出してもらった『病気の子どもの手術の成功のために松山ゴールデンサンダースの山下浩二選手にホームランを打ってほしい』という夢ですが、予算内に収まりそうなうえ感動的でもあり、実現に向けて調査を進めておりましたが、山下浩二選手は現在すでに引退しており、御年72歳というご高齢のため現実的ではないという判断が出ました。よって却下することにしましたので代わりとなる夢を見つけていただきたいと、前回までにお話ししておいたと思います」
ここまで言い終えた神宮寺はあたりを見渡し、「はい、遠藤さん」と半ば反射的に声をかけた。
国家希望実現局の人間はとかく「会議」というものが嫌いな人が多い。話しがまとまらない場合には長時間拘束されるし、かといって自分のアイデアを積極的に話してたまたまそれが通ってしまおうものなら失敗したときの責任を取らされることになりかねない。リスクを回避しようとする心理が会議室の中に渦巻き、どんよりとした空気を作っていた。自分から話しを振っていかないと発言する人は限られてくる。神宮寺はそれを知っていて端の席に座る遠藤の案から聞いていこうとあらかじめ決めていた。
遠藤と呼ばれた男は、少し慌てた様子でカバンから絵馬を取り出しながら「これなんかどうでしょうか」と差し出す。遠藤が持っている絵馬にはごつごつとした字で「100億円が欲しい!!!」と書かれていた。
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