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「非常にシンプルで、わかりやすい」遠藤は胸を張って言った。
「100億円なんて馬鹿げてる。予算がかかり過ぎだ」
口をはさんだのは経理部長の高田だ。
「国家プロジェクトとはいえ金が無限にあるわけじゃない。予算もシンプルに頼むよ」
とりまとめ役の神宮寺も「ただお金を渡すだけじゃ味気ないだろう」と乗り気ではない様子だ。
「そもそもその100億円でやりたい何かを叶えるのが我々の仕事なのだから、本末転倒な気もするしな」
遠藤は口を尖らせ、ふて腐れている。
「ではこれはどうでしょう?」
次の手は思いのほか早く挙がった。手を挙げたのは遠藤の隣に座っていた山辺だ。彼の左手には短冊が握られており、短冊には「素敵なお嫁さんになりたい」と書かれていた。
「素敵なお嫁さん。少子高齢化を抱えるわが国にとって非常に有意義な夢ではありませんか。わかりやすいし、皆が感動できる普遍性もあります」
「結婚させること自体は難しくはないが、すこし抽象的過ぎないか?」
「結婚が幸せなんて前時代的よ」物腰のやんわりした神宮寺の言葉よりも速く、矢のような言葉が飛んできた。
会議室の右奥、おなじみの定位置に腰かけ、きちっとしたスーツを着こなしキャリアウーマン然とした矢沢が声を上げた。
「素敵な結婚はどんな夢よりも難しいものなのよ」
経験に裏打ちされた矢沢の説得力のある言葉に反論する者はいなかったが「では君はどう思うんだね?」という神宮寺の言葉に「キリンよ」と答えた。
「キリン?」
「キリンを飼いたい。ある小学生の男の子の夢で、私が調べた中では一番シンプルで夢のあるものだと思ったわ」
「キリンか。ワシントン条約に載っていない動物であれば可能だが、少し金がかかり過ぎるか・・」
神宮寺は鬼の経理部長、高田の方をちらりとうかがっている。
「経費は出来るだけ節約するようにお願いしますよ」
高田の声は低いが不思議と会議室内によく響いた。
「金のかからない夢なんて夢じゃないわよ」矢沢は「ふん」と鼻を鳴らした。
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