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柔和な微笑を浮かべた唇が、ゆっくりと近づき、重なる。想像するよりもやわらかな唇の感触を、じっくりと確かめるようについばむホスセリの息に、トヨホギは改めて安堵した。
(生きている)
彼は生きて、帰ってきた。こうして四肢のある形で、国の王として立てる状態で、帰ってきた。そしてそれは彼の弟、シキタカもおなじ。物心ついたときから共に過ごしてきたふたりが、無事に生きて帰ってきてくれた。
万感の思いがトヨホギの目頭を熱くした。湧き上がったものが目じりからこぼれ落ちる。
気づいたホスセリが、指の腹でそっと拭った。
「怖い?」
震える喉で、トヨホギはちいさく「いいえ」と答えた。
「こうして触れて、改めて生きて帰ってきてくれたんだなぁって、うれし涙よ」
「可愛いことを言ってくれる。……ああ、そうか。トヨホギの父も」
ホスセリの唇が次の言葉を紡ぐ前に、トヨホギは手のひらを押し当ててふさいだ。
「そのことは、今は――」
彼女の父もまた、戦で帰らぬ人となった。ホスセリはそれを謝罪するか、悔やみを告げるかしようとしていた。それを聞きたくないと、トヨホギは首を振る。
「そうか。そうだな。せっかくの初夜なのだから、悲しい話はなしにしよう」
トヨホギはうなずいた。
「ただ、生きて帰れたことと、トヨホギをようやく妻にできる喜びだけを、肌身を使って確かめ、味わうとするよ」
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