沈丁花を辿る

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「分かりました。ご連絡ありがとうございました」  電話を切り、PHSをエプロンのポケットに戻す。康宏は改めて子供の様子を窺った。  売場ではハプニングの他にトラブルもある。その代表が万引きだった。年に二回の棚卸では伝票上の数値と実際の在庫の額の違いに唖然となる。どんなに気を付けていても万引きは後を絶たず、未然に防ぐのは極めて難しかった。  売場には小さな商品も多く、手に握り込まれてしまえばもう分からない。そのまま出ていってしまわれればそれで終わり。しかし、怪しいからと安易に決めつけ、調べて商品を発見できなければ別の問題に発展する。また、仮に商品を持っていたとしても売場の中であれば後でお金を払うつもりだった、の抗弁が成り立ち、これまたクレームとなりかねない。そうなってくると売場側ができることと言えば限られる。見ている人がいるのだということを知らしめ、例え、その気があったとしてもあきらめさせることだけだった。  子供はしゃがんだまま周りを見回し、すり足で移動していく。 「いらっしゃいませ」  康宏はそっと子供の方へ足を踏み出した。 「何かお探しですか?」  にっこりと笑い、慇懃に尋ねる。子供に対するにはよそよしすぎる態度だがこれが意外と効く。案の定、子供は雷に打たれたように立ち上がるとおどおどと視線をさまよわせ、逃げ出した。実際に商品を持っていたか否かまでは確認のしようもなかったがひとまずはそれでよしとして康宏もそこを離れる。だが、数分も経たないうちにまた電話がかかってくる。
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