沈丁花を辿る

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「ここまでどうやって来たの? 歩いて? それとも自転車?」  日頃ない陽気なテンションで肘を振り、自転車のハンドルを握る真似をする。そのとき、ふいに子供の表情が動いた。ずっと伏せていた顔を上げると子供はすがるように康宏を見る。康宏は驚いた。しかし、そこで迂闊に顔に出せば子供が怯える。子供を不安にさせないよう顔には笑みを張り付けたまま康宏は子供が反応した己の言葉を探った。 (えっと、おれ、今、何て言ったっけ? どうやって来たの? 歩いて? それから……)  自転車? と頭の中で反芻して目を瞬かせる。 (自転車! そうか、自転車だ。この子が探してるのはきっと自転車の……) 「もしかしてぼくが探してるのは自転車の鍵?」  自ずと導き出された答えを口にすると子供は小さくうなずき、じわりと目を潤ませた。 「そっか、それでお家に帰れなかったんだね。よし、じゃあ、探そうか!」  ひとまず意思の疎通を図れたことに息をつき、康宏は子供を奮い立たせる。 「自転車の鍵の落とし物、届いてない?」  子供とともにレジカウンターに向かうとカウンター内へと身を乗り出した。しかし、閉店準備を始めたアルバイトの学生たちは互いに顔を見合わせ、首を振る。康宏は泣きそうになる子供の肩に手を置き、宥めると次はショッピングセンターのインフォメーションに電話をかけた。拾得物はインフォメーションに届けられる決まりだ。だが、そこにもない。念のためと一度、駐輪場へ向かい、自転車とその周りを見てもみたが結果は同じ。最後、警備室へも問い合わせたがこちらもご同様だった。
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