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「芳くんだっ」
みるみる喜色を浮かべ、走り出すと榊は自動ドアに貼り付いた。その後ろから電気の切れた自動ドアを手で引き開ける。
「遅くなってごめんな、心細かっただろ?」
『芳くん』と呼ばれた人影は入ってくるなり、榊の前に膝をついた。
「ううん、お店の人がずっと一緒にいてくれたから大丈夫」
笑って首を横に振ると榊は康宏を振り仰ぐ。『芳くん』はしゃがみ込んだまま榊の視線を追い、深く頭を垂れた。
「ご迷惑をおかけしてすいませんでした、ありがとうございま――って、ええっ? き、君はっ……」
顔を起こし、康宏を見上げて息を呑む。康宏も思わず、大きく目を見開いた。そこにいたのは隣のマンションのあの男だった。
「うわあ、すごい偶然だね。そっか、君はここのおもちゃ屋さんで働いてたのかあ。何回か榊と来たことがあったんだけど全然気付かなかったなあ――君が電話の『小萩さん』で間違いないんだよね」
たちまち相好を崩し、声までをも弾ませると『芳くん』は立ち上がる。ベランダで下から見上げていたときも大概、大きく見えた『芳くん』だが目の前で見るとさらに背が高い。一七〇に満たない康宏とは頭半分以上の差があった。
「……榊くんのお父さん、ですか?」
気圧されたように後ずさり、康宏は榊と『芳くん』を見比べる。
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