沈丁花を辿る

21/174

329人が本棚に入れています
本棚に追加
/174ページ
「いやいやいや、榊は妹の子で甥なんだ。おれは伯父さん。父親は、まあ、ちょっといろいろあって――あ、その前に名前だよね、おれは岡上芳瑞で、榊は岡上榊」  芳瑞は一瞬、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたが、はっと畏まると改めて名前を告げる。妹を介した伯父と甥が同じ名字だということで父親云々についてはいくつか思い浮かぶことがあったがお客さまの家庭の事情に一店員が首を突っ込んでいいはずもなく、聞き流した。 「では、あの、岡上さん、榊くんの自転車はどうなさいますか? 鍵は気を付けて探すようにしておきますが見つかるまで置いておかれますか? それとも持って帰られますか? お車に自転車は載せられますか?」  さらりと話題を変え、次々に質問すると芳瑞は目を白黒させる。 「あ、え、えっと、持って帰るよ。妹のミニバンで来たから後ろに積めるし、鍵はたぶん、家にスペアがあるはずだって……」 「そうなんですね、では、お気をつけて。あ、自転車はすぐ横の駐輪場にあります。どれかはお分かりになりますよね? お迎え、ご苦労さまでした――榊くん、また遊びに来てね」  芳瑞に慇懃に頭を下げた後、軽く屈み込んで榊に手を振る。榊は「うん」と大きくうなずくと手を振り返した。二人を送り出すと康宏は再び、手動で自動ドアを閉める。だが、それが唐突に途中で動かなくなる。目を上げると阻むように芳瑞がドアのへりを掴んでいた。
/174ページ

最初のコメントを投稿しよう!

329人が本棚に入れています
本棚に追加