沈丁花を辿る

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『榊は二階の部屋に連れていけばいいか?』  頭越しの声に振り返ると後部座席では榊がうとうとしている。 『お兄ちゃんも疲れてるとこ、急に呼び出してごめんね。あ、榊は起こしちゃって。このところ、どんどん大きくなって、もう重くって……――榊、榊、起きなさい』  兄に向かい、拝むように手を合わせると楓はぐるりと車を回った。だが、しっ、と唇の前に指を立てると芳瑞はひょいっと榊を抱き上げる。 『小萩くん、悪いんだけど少しだけ待っててもらっていいかな? すぐ戻ってくるから――楓、榊の自転車は降ろしといたからおまえの車、ガレージに入れておれの車出しといてくれ』  そう言うと楓に鍵の束を手渡し、芳瑞は家の中に消えていく。 『分かった』  楓はうなずくと塀の向こうの広いガレージへと走り出した。脇の引き戸から中に入り、二枚あるシャッターを一気に押し上げて戻ってくるとミニバンを発進させる。ガレージの前で切り返し、バックで車庫入れすると今度はコンパクトなセダンを出し、なすすべなく立ち尽くす康宏の前にきゅっと停めた。 『それにしても奇遇ですね。小萩さんが兄のマンションの隣のマンションに住んでらっしゃるなんて。ということは以前から兄のことはご存知だったんですか?』  車から降り立つと楓は硬いばかりだった表情を和らげ、興味深げに体を乗り出す。康宏は返事に窮し、視線を逸らせた。はい、とは到底、言えないがかと言って、いいえ、というのも芳瑞に失礼な気がして言葉を探す。
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