沈丁花を辿る

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『ご存知ってほどでもないかな? 顔見知りって程度で名前すら知らなかったし……』  代わりに答えたのは戻ってきた芳瑞だった。 『だから、今日、小萩くんを見たときは驚いたよ。小萩くんにも言ったんだけど、あの店には何度も行ったこともあったのに全然、気付いてなかったし……』 『はああ、世間ってほんっと広いようで狭いわよねえ――あ、お兄ちゃん、これ』  感慨深げに息をつくと楓は車の鍵を芳瑞に返す。 『サンキュ――小萩くん、お待たせ。じゃあ、帰ろうか』  芳瑞はまたしても一瞬、渋い表情を見せたが鍵を受け取ると車に乗り込み、エンジンをかける。康宏が助手席のドアを開け、シートに収まると楓はあわてて背後で再び、丁寧に頭を下げた。 『今日は本当にありがとうございましたた。また改めてきちんとお礼に伺います』  そう言って外からドアを閉めると見えなくなるまでずっと見送っていた。  そうして家に帰りついたのは午後十一時。晩ご飯を食べた分、余計に時間はかかったが体も気持ちもずっと楽だった。 「小萩くんも今日は休み?」 『も』というからには芳瑞も休みなのだろう。はあ、とうなずくと芳瑞は腰高窓の桟に頬杖をついてやっぱり、と破顔する。
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