沈丁花を辿る

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「……あの、もし、よろしければこちらにいらっしゃいますか?」  しばし、考えて康宏は提案した。それもまた抵抗がないと言えば嘘になるが少なくとも上から目線の威圧感はない。 「こちらって、え? 小萩くんの部屋? そっちにお邪魔しちゃってもいいの?」  芳瑞は目を丸くすると桟から体を起こした。 「わあ、それはうれしいな。実は前から小萩くんの部屋に興味があったんだ。い、いや、興味って言っても別に変な意味じゃないよ。そうじゃなくて、ほら、いつも作ってるものがどんな風に並べられてるのかなあ、とか、どんな風に使われてるのかなあ、とか、そういうのがずっと気になってて一度、見てみたかったんだ」  子供のように全身から好奇心を溢れさせ、照れ臭げに笑うと芳瑞は大きな体を縮めて鼻を掻く。逐一、大きなリアクションを返す芳瑞に驚かされ、呆気にとられたがその姿に康宏は思わず、ぷっと吹き出した。 (よくも悪くも憎めない人だな……)  いつにない柔らかな感情が湧き上がる。 「では、一時間後ぐらいから始めますから」  そう言って部屋の番号を告げると康宏は部屋に引っ込んだ。  部屋、キッチン、ユニットバスと掃除をして早速、ペインティングの準備にかかる。貯めこんでいたポスティングチラシをベランダに隙間なく敷き詰めるとガムテーブで貼り合わせていった。その後、大きなごみ袋を割いて開いたビニールで手すりの内側を覆い、さらには空調の室外機にもすっぽりとビニール袋をかぶせる。それを作業台代わりに塗料、塗料用の小さなバケツ、大きなハケ、小さなハケを並べていった。あとは使い捨てのゴム手袋を二双と後処理用の溶剤などを用意するとマガジンラックならぬシューズラックをベランダに出し、天地を逆さにして置く。
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