沈丁花を辿る

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 買ってきた木材に墨付けをし、カット、組み立て、仕上げ。ざっくりと言えば木工の工程はそれだけだがインパクトドライバーやサンダーなどの電動工具を駆使してなお、思いのほか日数がかかった。しかし、その分、できあがったときの感慨はひとしお。研磨し、すべらかになった木の表面を撫でると康宏はハケを手に取り、丁寧に木の粉を落とす。 「完成したのっ?」  その声は背後から唐突に降ってきた。康宏は小柄で細い肩をびくりとすくめ、動きを止める。振り返ると隣接したマンションの七階――康宏の住む部屋より一階上にある腰高窓から体を乗り出す男と目が合った。 「おめでとう。すごいなあ。それは、えっと、あれかな? こう、本をずらっと面で並べて飾ったりするマガジンラック?」  二十六才の康宏よりいくつか年上と思しき大柄な男が声を弾ませ、子供のように目をきらめかせる。康宏は突然の出来事に目を瞬かせ、ただ呆然と男を見返した。  康宏の部屋はいわゆる角部屋だ。すぐ隣にこちらも独身者を対象としたマンションが建っていることももちろん分かっている。隣のマンションに比べ、康宏のマンションは道路よりも若干奥まっていることもあり、康宏の部屋のベランダと隣のマンションの壁にある腰高窓とがちょうど重なり合う位置にあることも分かっている。しかし、よもや平日の昼間にそこに人がいて、ましてや覗き込まれているなどとは思いもよらなかっただけに康宏は戸惑った。
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