沈丁花を辿る

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 木工においてペインティングは決して難しい作業ではない。制作の手順にもよるがほぼ最後の工程ともなるだけにむしろ、楽しい。だが、やはり、できうる限りきれいに仕上げたいと思えはスピードが肝要になる。準備こそが重要だった。  ちょうど一時間が経ってインターフォンが鳴る。壁に取り付けられた小さなモニターを覗き込むとそこには芳瑞の姿が映っていた。エントランスのオートロックを解除し、その旨を伝えると数分後、再び、インターフォンが鳴る。玄関のドアを開けると芳瑞が立っていた。 「どうぞ」  体を引いて中へと促すとさすがの芳瑞も遠慮してか、おずおずと入ってくる。今になって部屋の狭さが無性に恥ずかしくなったがそれは芳瑞の部屋とておそらく、さして変わりない。 「お邪魔しま、す……」  靴を脱ぎ、玄関に上がると芳瑞はぐるりと中を見回した。 「あ、こ、これ、もしかして秋に棚と一緒に作ってたやつ?」  通路で目ざとくキッチンワゴンを見つけると芳瑞は康宏を振り返る。部屋に入り、壁沿いに並べた棚やテレビラック、パソコンデスクを見るとたちまち笑顔を弾ませた。 「わあ、すごいな。全部、ぴったりと収まっててまるで作り付けの家具みたいだ。色もきれいなブラウンで統一されてるから白い壁ともマッチしてるし、奥行きが抑えられてる分、部屋も広く使えるし……」  すごいね、すごいね、と芳瑞は繰り返し、歓声を上げる。そのつど、いえ、それほどでも、と康宏は謙遜したがもちろん、悪い気はせず、こそばゆさもありながら気分は高揚した。
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