沈丁花を辿る

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「それで、今日はこれに色を塗るんだね。これはどこに置く予定?」  ベランダに至ると足を上にしたシューズラックを見つけて部屋に目を戻す。 「それは玄関に……」 「え?」 「それ、マガジンラックじゃなくて、実はシューズラックなんです……」  ここにきて、ようやく訂正すると芳瑞は、あっ、と気まずそうな表情を浮かべた。 「そうか、シューズラックか。ごめんね、勝手に勘違いして……」 「いえ、ご覧の通り、狭い玄関なのでこのサイズが限界で……」 「ああ、それなら分かるよ。おれの部屋は辛うじてシューズボックスはついてるんだけど間取りはほとんど同じだから――そうか、ごめんね……」  目を伏せ、芳瑞はしゅんっとうなだれる。その様はまるでご主人さまに叱られてしょげ返っている大型犬だ。 「あの、塗装なんですけどよろしければ岡上さんもやってみられますか?」  つと申し訳なさが湧きあがり、それを払拭するように康宏はあわててハケと手袋を差し出す。芳瑞は一転、飛び上がらんばかりに驚いた。 「ええっ? お、おれ? いやいやいや、それはまずい、それはまずいよ。おれ、こういうのは全然ダメで……」 「でも、ハケで塗料を塗るだけのことですから……」 「ダメダメダメ、そんなことしたらせっかくきれいにできたマガ、じゃなかった、シューズラックが悲惨なことになっちゃうよ」  大きく手を振り、芳瑞は強情に固辞をする。だが、そこまで拒絶されてはあっさり引き下がるのもなぜだか妙に癪な気もして康宏としても却って引っ込みがつかなくなった。
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