沈丁花を辿る

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「そうですね、基本、どこから塗っていただいてもいいのですが斜めに渡した横板の裏側が一番塗りやすいでしょうか。最初は板を縁取るように塗ってください」  こう、と腕を伸ばすと康宏は宙に長細い四角を描く。 「こ、こう?」  康宏と同じ動きを繰り返し、芳瑞は振り返る。うなずくと芳瑞はごくり、と音を立てて唾を飲み込んだ。 「どのみち、そのあと、全体に色を塗ってしまいますので真っすぐに線を引く必要はありません。むしろ、一気にさっと塗ってください。塗り残しがないようにだけ気をつけていただければそれでいいので……」  緊張をほぐすように促すものの芳瑞はしばらく、ためらったまま動かない。しかし、おもむろに、よしっ、と気合を入れると自分の腰の高さほどまでしかない小振りなシューズラックに挑んだ。息を詰め、体ごとハケを動かして板の縁を塗っていく。四辺を塗り終えると膝に手をついて、はああ、と深い息をついた。 「いい感じですね。では、次は面を。こちらは木目に沿って横、横と塗っていってください」  今度は左から右へと空に何本かの線を描く。芳瑞は再び、真似て康宏を窺うとハケの先を塗料に浸した。見て覚えたらしい手順でハケを絞り、改めて持ち直す。腰を落とすと漢数字の「三」を書くようにハケを板の面にすべらせた。
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