沈丁花を辿る

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「買い出しって小萩くんはどこまで行くの?」 「駅前のスーパーです」 「てことはきちんと自炊もしてるんだね。いろいろできるんだなあ。おれなんか、ほとんどコンビニ弁当かカップ麺だよ。一応、一人暮らし始めたときに鍋とかフライパンとか一通り用意したけど数えるほどしか使ったことないしなあ――あ、もしかして、料理も叔父さんが?」 「え、ええ、七年ほど叔父のところに居候していたので。でも、作れるといってもさっきも言いましたが本当に簡単なものだけで……」  康宏はうつむき、口を濁した。一階に着き、エレベーターを降りてエントランスを出るとあの甘い香りを乗せた風が吹きつける。 「あの、今朝言ってらした沈丁花というのは、この香りのことですか?」  並んで歩き出しながら康宏は話題を変えた。 「え? ああ、うん、そうそう、いい香りだよねえ。いつも桜と入れ替わりだからもうそろそろ終わりかな、とは思うけど。毎年、この香りが漂ってくるともうすぐ春が来るんだなあって感じるよ」 「そうなんですね。おれ、どういった花なのか全然知らなくて。名前も今日、初めて知ったくらいで……」 「小さい花だよ。いや、正確には花じゃないらしいんだけどそれが寄せ集まってピンクのピンポン玉みたいになってるんだ。そのピンポン玉が枝の先にぽつぽつぽつってね。木自体はそんなには大きくないからあまり目立たないけどこの香りだからね。たぶん、この近くの家の庭にでも植えられてるんじゃないかなあって思うんだけど……」  ふんふん、と鼻を鳴らしながら芳瑞はきょろきょろと辺りを見回す。しかし、沈丁花は見つけられないままコンビニエンスストアの前に差しかかる。
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