沈丁花を辿る

5/174

329人が本棚に入れています
本棚に追加
/174ページ
「そんなマガジンラックが部屋にあったらかっこいいだろうなあ。きっと、みんなに自慢したくなっちゃうなあ」  ね、と康宏にうなずきかけ、くしゃりと顔を緩めると男は物思いに耽る。率直な賛辞にすら不審を覚えて康宏は、はあ、まあ、と曖昧に応じるにとどめた。これまで見られていたことに全く気付かなかった己の鈍さとあまりにもマイペースな男への抵抗がふつふつと湧き上がる。 (マガジンラックじゃなくてシューズラックなんだけど……)  少なからぬ反抗心までもが生まれて康宏は目を反らせた。 「ああっ、お邪魔しちゃったね。ごめんね。もし、よかったら、またお話させてね。じゃ」  男は我に返り、再び、謝るとにこやかに手を挙げ、話しかけてきたときと同様、唐突に引っ込む。男が見えなくなって康宏はほっと胸を撫で下ろした。しかし、また、すぐに戻ってくるかも、と思うと落ち着かず、何度も様子を窺いながら恐る恐る、作業を再開する。ハケでの処理を手早くすませ、最後、着古したTシャツから切り出したウエスでさらに表面を拭うとひとまず、その日の作業は終了とした。  ベランダの掃除をし、工具も片付けるとシューズラックを持って掃き出し窓から部屋へと戻る。部屋の隅に仮置きするとシューズラックはちんまりと収まった。
/174ページ

最初のコメントを投稿しよう!

329人が本棚に入れています
本棚に追加