沈丁花を辿る

7/174

329人が本棚に入れています
本棚に追加
/174ページ
 康宏は大学に入学してからつい一年ほど前までずっと巧のマンションに居候していた。巧は一般企業のサラリーマンとして働く傍ら、休みの日には知人らと立ち上げた工房で椅子やテーブルなどの木工作品作りをしていた。四十を過ぎてなお独り身で温厚一辺倒、どちらといえばおっとりとして普段は淡々と会社勤めをしている巧の顔が休みになるとほんの少しだけ変わる。それに興味を引かれ、工房へと向かう巧にときどきついていっては巧が生き生きと木材を扱う様を側で見てきた。その見様見真似で気が付けば自然と康宏は木工に乗り出していた。  まずは部屋の隅から隅までを採寸し、仕事の休み時間、買ってきた方眼紙に設計図を引いた。次にはカーシェアリングで車を借り、ホームセンターへと行くと木材にのこぎりや木ネジ、サンドペーパーなどの必要最低限の道具類と、あと一しきり悩んだ末にひとまず、一番安い電動ドリルドライバーを買った。その後、休日を三日使い、ベランダで作業に没頭した。四日目には塗料も買い、ペイントした。そして、およそ半日、乾燥させるとその日の夜には炊飯器を置くための小さな棚が出来上がっていた。 (意外とできるもんなんだな……)  棚を矯めつ眇めつして思う。たちまち気分も高揚し、作りたいものが溢れた。それが去年の春の終わり。それからは休みのたび次々と棚や台を作った。ベランダでの作業とあって雨の日や真夏には何もできなかったが、そんなときには思いつくままに設計図を書き、効率のよい作業の手順を考えた。電動ドリルドライバーでは力不足となり、インパクトドライバーに買い替えたのを機に工具類も少しずつそろえていった。
/174ページ

最初のコメントを投稿しよう!

329人が本棚に入れています
本棚に追加