沈丁花を辿る

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 秋となり、涼しくなるや否や、一気に作業を押し進める。おもちゃ屋も少し谷間の時期とあって連休を取ると冬になる前にといくつかのものを並行して作った。テレビラック、パソコンデスク、キッチンワゴンに細めのお揃いの棚を三つ。隣のマンションの男が、音が聞こえてきて云々と言っていたのもおそらく、この頃だろう。夢中になっていて何も気付かなかった。 (だからって黙って上からこっそり見てるなんて悪趣味すぎだろ……)  男の目に自分がどんな風に見えていたのだろうと想像して康宏は毒づく。決して悪意があったわけではないのだろう、そのことは開けっ広げな男の態度で十分に分かったがそれでも腹は立った。 (でも、あのとき、声をかけられてたらかけられてたで中途半端なまま冬になってたかもしれないけど……)  そう思うと一概に男を責めるばかりなのも申し訳ない気がして、はああ、と深い息をつく。 (それに……)  あの頃は、いや、今でもまだなお、集中することで忘れたいことがある。作業にのめり込むことで何度も何度も思い出しながら近付くことも叶わず、遠ざかり消えていく、あの人を。
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