(1)「マンゲツさんとわたしのおはなし。」

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蜜と樹液にさらに空気が一杯に含まれ、かくはんされて柔らかなクリームになるまで、 じっくりゆっくり、回転する鍋の中でハチミツはかき混ぜられていきます。 「あとは、冷蔵庫で冷やして、出来上がり!」 煮沸消毒した大きな瓶に、鍋の中身を流し込んで、マンゲツさんは蓋をしました。 「じゃあ、出来上がるまで、昨日造ったのをもう少し…」 「食べ過ぎですよ、マンゲツさん!」 さっきほとんど一瓶食べちゃったじゃないですか。 でもマンゲツさんは「だって、美味しいんだもん!」と瓶を開けてしまいました。 出来上がったホイップハニーは、それだけでも優しいご馳走になります。 このお店の中だけでのみ食べられるものですから、 わざわざ遠くからでも、これ目当てに来店するお客さんは後を絶ちません。 コーヒー、紅茶に入れれば風味が増して美味しくなるし、 バターと一緒にトーストにぬって食べても最高です。 ホイップハニーを珈琲や紅茶、トーストと一緒にお出しするのが、 マンゲツさんのお店での、モーニング定番のスタイルです。 マンゲツさんは、そこに生クリームを加えて、エスプレッソや濃い紅茶を飲むのが好き。 彼は毎日、それを飲みながら、大好きな読書を日長一日楽しんでいます。 「すいません、おかわりください。」 仕事にもどったわたしに、マンゲツさんが声をかけてきました。 振り向くとカウンター席には、マンゲツさんが座って読書をしていました。 「マンゲツさん、そこは客席ですよ。」 あなたはこの店の店主であって、お客さんではないはずですが・・・。 「ん。」 この返事。 どうやら面白そうな本を見つけてしまったようです。 マンゲツさんはこうなると、すっかり本の世界に入っちゃって、出てこなくなります。 こうなると、もう店は私が回すしかありません。 「はやくう、おかわり。」 「はいはい。」 わたしはホイップハニーをたっぷり入れたカフェラテを、 本の虫になってしまった熊さんの目の前に置きました。 「どうぞ。」 「うん。」 それ以上話しかけても、反応がないマンゲツさん。 鼻の頭のあたりをちょっと撫でると、ひくひくと動く反応が、少し可愛いです。  
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