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「どっちだ」
「え、あ、えっと、靴擦れ」
答えをせっつかれた。もうぶっちゃっけ気にしてなかった。皮膚一枚ずるむけた張本人ですら忘れていたことを覚えていてくれてた。
「靴擦れか」
「ぇ、はっ? うわぁぁっ」
そして、優しく微笑むんでも、心配そうな顔ってわけでもなく、ただ、無表情で俺の足をむんずと掴むとそのまま力任せに持ち上げた。俺は急にバランスが崩れて、びっくりして叫んで。その間に、新品の靴と靴下を脱がされてしまった。
「あ、あああああああのっ」
「買ったばかりなのか?」
「は、はい……」
足、ちゃんと毎日風呂で洗ってるけど、靴も新品だけれど、それでもいきなり足をつかまれて持ち上げられて、好き勝手されたらびっくりするだろ。
「あ、あのっ。武藤専務っ」
「……千尋(ちひろ)だ」
「……ぇ?」
「名前」
「え、武藤専務の?」
人生は、ままならない。
わざとじゃない鼻血をネタに脅してきた人は案外、優しくて。男の足なんてそんな丁寧に扱わなくてもいいのに、大きな手は案外優しい手つきで、俺の靴擦れでズルむけ真っ赤になったところに絆創膏を貼ってくれた。
「千尋、さん……」
「……あぁ」
こんな怖い顔をしているけれど、カッコいい長身モデルみたいな人の名前が、案外、可愛い、女の子にも合いそうな名前だったりもして。
人生はままならないし、予想だにしないことがまま、起きたりもする。
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