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優しい手つきだった。俺の足なんて、男の、まぁ、サイズは身長ともども小さいかもしれないけど、でも、男の頑丈な足だから、そんな優しく扱わなくてもいいのに。そっと、掌にかかとを乗せてもらって、そーっと絆創膏で剥けて赤くなっている場所を隠してもらいながら、シンデレラってこんな気持ちなのかなぁ、なんて考えていた。
「あのっ、千尋さん、スーツとか」
本社の廊下を歩くと、まるで楽器みたいに足音が響いてた。大理石かどうかわからないけれど、白い廊下に千尋さんの立ち姿はすごく似合ってて様になる。セレブっぽい。そして、本社の最上階にはそんなセレブが俺たちの登場を今かと待ち侘びてるんだ。スーツのジャケットがないんじゃ格好がつかないと思った。
「別にかまわない。もともと、スーツは好きじゃないんだ。動きにくい。オーダーメイドのならそうでもないが。それより、靴、新しいのを用意しよう」
自分の格好、見てくれよりも、俺の靴擦れを心配してくれる。
顔怖くて、車の中でもたくさん話すほうじゃなくて、なんだったら、現在進行形で脅されてるし、その脅されて頷くしかない状況だって、説明は半分以上されてなくて、ほぼ詐欺。加納さんが教えてくれなかったら、この千尋さんがどういう状況なのかなんて何も知らずに、本社に来ちゃってた。
「痛いんだろ?」
「絆創膏貼ってもらったし」
コンビニで絆創膏と一緒に湿布も買ってきてくれたんだ。俺が足を痛そうに引きずっているのを見て、痛いんだって気がついてくれた。そして、それが靴擦れじゃなくて、今朝、俺がこの人の背中に体当たりした時に挫いたとか捻ったとかで痛いのかもしれないと、心配してくれた。
「あ、あの……俺は何をすれば」
「心配しなくていい」
本社には二年前くらいに就職活動で来たことがある。大きなビルを見上げて、ここが俺の職場になるのかもしれないって目を輝かせた。もちろん、本社勤めで、デザイン部の最前線で働く夢は泡のように淡く脆く流れ去ったけれど。
「あのっ! でも!」
詐欺だし、脅迫だし。もうこのふたつの言葉とこの人が並んだら、本気で、第一印象の「ヤ」の付くご職業の方になっちゃうけどさ。
「俺っ」
「隣にいてくれればいい」
「……」
なんだろ。
――お優しい方ですよ。
はい。俺もそう思います。
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