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「僕は昔から、その刹那の一瞬が、ずっと使えるんだ。ありとあらゆるモノが遅く見える。そして、その遅く見える中で僕は自由に身体を動かすことができる。本来なら有り得ない現象さ。刹那の一瞬を見ることが出来るのは、僕だけでは、あまりに不公平だとグラスは周りに増殖する【憎悪】のように、刹那の一瞬を共有できるようにしてくれた」
トコリコ達は遅くなっている訳ではなかった。ただ、遅く見えている、感じているだけなのだ。珀が見ている長い刹那の一瞬を。
刹那の一瞬で自由に動けるのは珀だけに許された特権。他の者は何もかも遅くて、動くことすらままならないように感じている。
そして、さらに厄介なのは世界を共有している者は珀と同じように遅く物事を感じてしまう。それは、ただ単に戦いにおいて不利になるだけではない。自分が殺されるという瞬間を長く感じてしまうのだ。
それこそ、グラスが狙ったことかもしれない。死ぬと分かっていながらも、それに到達するには長きの時間が掛かっているように思ってしまう。その間に見る長い、長い走馬燈。時の中で、精神が【狂い】だし、死に【恐怖】する。やがて、救いのない未来に【失望】し、その者は【絶望】に追い込まれる。実に悪質な力をグラスは珀に与えてくれたものだ。
「分かる?〈スロク〉はもう存在、そのものなんだ。それを、消し去るこなど、ただの人間にはできないことなんだ。それに抗うことこそ、愚かなんだ」
やっと、トコリコのチャージガンから弾が撃ち出された。だが、その弾は遅く珀に届く頃に、彼は交わしていた。
「それでも、〈スロク〉に立ち向かうのかい?」
珀は剣を構えトコリコに問う。トコリコは次の弾を発射する準備を始めていた。
(動きが遅くなっているのにも、関わらず、攻撃の手を緩めないか・・・)
珀は不敵に笑みを浮かべた。
(これでこそ、期待しがいがある。僕の【憎悪】を満たす上で)
珀は地面を蹴って走り出した。もっとも、トコリコにはゆっくりと動いているようにしか見えないだろう。
「珀!」
「ん?」
突然、自分の名を呼ぶ声が聞こえた。誰もが遅くなっているはずの、この場所で。
いったい、誰が。珀が声の方を振り向くとシャベルを振り下ろそうとする虎子の姿が。
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