僕が辿りついたのはお気に入りのこの店

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師匠は旅の先々で、しばしば農具や工具の修理を頼まれた。 農民や職人の多くは、食べるので精一杯の暮らしをしている。 道具を新しく創製することは多くはなかったように思う。 師匠は、僕に取り立てて何かを教えてくれることはなかった。 ただ、隠れて作業をすることもないし、僕が手伝いをすることにも口出しはしなかった。 面倒くさがりで万事雑な師匠が、簡単で報酬を貰えない仕事にも手を抜かないのは不思議なくらいだった。 「お前は融通がきかなくて不器用なのが良いよ」 師匠の言葉は皮肉にも聞こえた。 僕は、不器用だ、ボーッとして気が利かないと言われ続けて育った。 家を出ても、誰も気にかけたり惜しんだりはしていないだろう。 改めて言われると、自分の不甲斐なさに泣けてきた。 ボロボロとみっともなく鼻水まで垂らして僕は泣いた。 師匠は、僕の頭に手を置いた。 「俺もお前と同じだった。人にとってどれが大事で、どれがそうでないなんてことは他人にはわからん。どんなにつまらないと思っても、これから経験することは全てお前の糧だ」
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