遭遇

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 思わず、僕は一歩後ずさる。しかし、そこで、僕はまたしてもいらぬことに気づいてしまう。 「待てよ……これって、まさか……」  周りを良く見て、僕はようやく気づく。そこには、いくつもの引っ掻き傷(・・・・・)があることを。そこには、いくつもの、嘆きが描かれていることを。 「……っ」  あまりに異常な、その引っ掻き傷達に、僕は言葉を失う。途端に、この場所が、薄気味悪く、恐ろしい場所のように思えて身震いする。 「なん、なんだ、これは?」 『何で、こんなことに……』 『許して許して許して許して――――』 『帰りたい、帰りたいよぉ』  それらの傷は、恐らく、全て違う人間がつけたものだ。引っ掻き傷の場合、筆跡と呼んで良いのかどうかは分からないが、それが、全て違って見えるのだ。つまりは……。 「これだけの人が、ここに、居た、のか?」  誰かがここに居た痕跡。誰かがここで絶望した痕跡が、ところ狭しと刻まれ続けている。しかし……。 「……でも、あんな高いところ、どうやって……?」  読めはしないものの、随分と高い位置にも、その引っ掻き傷はあった。高さにして、三メートルから五メートルくらいだろうか。どんなに背の高い人間でも、あんな場所にまで引っ掻き傷は残せないはずだった。 「……っ、とにかく、離れなきゃっ」  こんなものが残っている意味は分からない。しかし、こんなものが残っている場所に長く居るのは危険だということくらい、混乱した頭でも理解できた。  僕は、まともに探索もしないままに、元居た場所へと走って逃げ帰った。
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