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翌朝、屯所へと戻る準備をしている山南に平間が声を掛けました。
「山南、戻るのは止めとけ」
「何故です」
「わかってるんだろ、殺されるぞ」
「でも、新選組を正しい方向に導くのは私の役目だと言ったのは平間さんじゃないですか」
「馬鹿、命に代えてそれを教えろなんて事までは言ってない。例えば、芹沢が死んでお前に何か教えてくれたか?邪魔ものがいなくなって清々しただけだろ」
「……そうでした」
(大切な人の死が何かを教えてくれる事は確かにある。しかし自分はどうなんだろう。近藤さんや土方君にとって、自分はその大切な存在なのだろうか?)
ふとそんな考えが山南の頭の中に浮かんで消えました。
「とりあえず一旦は戻りますが、もしも命を捨てなければならないような事態となったら、その時は直ちに逃げることにします」
「そうしろ。俺みたいに逃げ回ってればいい。そうしたらそのうち、お前を必要とする場所に必ずたどり着けるはずだからな」
何よりもお互いの無事をと祈りながら、平間とはそこで別れました。
山南は大きくひと呼吸をした後、馬にまたがると、その首を屯所に続く街道に向けて、ゆっくり進み始めたのでした。
清々しい朝の空気を吸い込みながら、待ち受ける運命について考えを巡らせていると、馬上の自分と同じ目の高さに、見覚えのある顔が近づいてくるのに気が付きました。
「沖田君」
「…………」
見たくないものを見てしまったという沖田総司のあからさまな表情から察すれば、彼が迎えなどではなく追手であるということがわかります。
「山南さん、屯所では大変なことになってるんですよ」
「わかってる」
「で、平間は見つかったんですか?」
「いや、いなかった」
山南は躊躇することなく言い切りました。
黙って出かけたつもりでしたが、やはり隊に知らせは届いていたようです。
「何言ってるんですか。顔にちゃんと書いてあるじゃないですか、逃がしたって」
「おや、おかしいな。私はいなかったと書いたつもりだったんだけどな」
「下らない冗談なんか止めて下さい。とにかく見なかった事にしますから、今からでも逃げて下さい」
「それはできない」
「なぜです」
「私が逃げれば平間とともに事を構えていると捉えられるだろう。それは新選組にとって不味い事態となる」
「でも、『いなかった』では広沢様が納得しないでしょうし、平間を逃がしたとなれば会津藩から咎めがあるでしょう」
「だからといって単なる失踪なら脱走の罪で切腹だ」
「そうならないように、逃げて下さいと言っているんです」
「土方君はそう考えているんだね」
「…………」
「芹沢の時と同じだよ、いつの間にか私が邪魔者になっていただけなのかもしれない」
「そんなことありませんよ」
「言ってみただけさ」
「悪い冗談です。とにかく止めて下さいよ、仲間同士で殺し合いなんて言うのはもう御免です」
「私だってそう願いたいよ」
「じゃあ、早く逃げて下さい」
「駄目だ、私にはまだ新選組に戻ってやらなければならない事があるんだ」
「何をですか」
「新選組が誤った方向へ進まないように導いて行く仕事が、だ」
そう言いながらも二人は、馬を並べた状態で、すでに屯所へ向けて進み始めていたのでした。
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