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湖を見おろす大きな客間でノアを出迎えたポルターク伯爵は、草花を散らした刺繍の水色のシルクの服を着た、痩せた中年の男だった。
「君がノアだね。長い間人質の身で、苦労したことだろう。
僕はポルターク伯リュード。きみの母方の縁者だよ」
ノアの顔をしげしげと眺めて、言った。
「ほう。紫の眼だな、魔力持ちの印だ。
これは、王も気に入られるかもしれん。
さっそく支度をしてくれ。王宮へ乗り込むぞ」
商品の品定めでもするように言うと、さっさと部屋を後にする。
女中たちの手に渡されたノアは、風呂をつかわされ、上等な服を着せられたが。
着なれないシルクの服は、ちょっと小さすぎたらしく、ボタンをかけ白いクラバットを喉に結ぶと、きつくて息が詰まりそう。
小馬での旅の直後でも休む間も与えられず、ポルタークの待つ馬車に乗せられたころには疲れてふらふらになっていた。
馬車はそのまま、王宮へ向かう。
「口数が少ない子だな。良い事だ」
疲れ果てたノアは、父上に会う前の雰囲気に戻ってしまっていた。
眼の前のものに無関心で、言われるままに、ぼーっと従う、覇気のない子供。
これは、扱いやすそうだ。とポルタークは内心安堵する。
同じ紫の眼のこの子の母には、かつてたいそう手こずらされたのだ。
馬車から降り、伯爵の後ろを延々と歩かされ、やっと立ち止まった伯爵は深くお辞儀をした。
「ポルターク伯爵とノア王子でございます、陛下」
陛下?
ノアは顔を上げた。
陛下?父上?
その人は、服の着替えの最中だったらしい。
鏡の前に立った背の高いその人の周りで、たくさんの人が動き回っている。
胸回りに金銀の刺繍が施された、金色の光沢のシルクのベスト。
後ろから差し出された同色の上着に手を通し、二、三度ゆすって落ち着かせ、鏡で姿を確かめると、その人はこっちを向いた。
肩まで広がる豊かな黒い巻き毛。
高い鷲鼻と、口ひげ。
ノアを見おろす、冷たい、黒い眼。
お付きの人が羽根飾りのついた帽子をかぶせ、宝石が柄に嵌められた杖を差し出す。
杖を受け取ったその人は、ノアを見おろして、言った。
「これが魔なしのローランディアで育った末王子か」
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