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10  湖を見おろす大きな客間でノアを出迎えたポルターク伯爵は、草花を散らした刺繍の水色のシルクの服を着た、痩せた中年の男だった。 「君がノアだね。長い間人質の身で、苦労したことだろう。  僕はポルターク伯リュード。きみの母方の縁者だよ」  ノアの顔をしげしげと眺めて、言った。 「ほう。紫の眼だな、魔力持ちの印だ。  これは、王も気に入られるかもしれん。  さっそく支度をしてくれ。王宮へ乗り込むぞ」  商品の品定めでもするように言うと、さっさと部屋を後にする。  女中たちの手に渡されたノアは、風呂をつかわされ、上等な服を着せられたが。  着なれないシルクの服は、ちょっと小さすぎたらしく、ボタンをかけ白いクラバットを喉に結ぶと、きつくて息が詰まりそう。  小馬での旅の直後でも休む間も与えられず、ポルタークの待つ馬車に乗せられたころには疲れてふらふらになっていた。  馬車はそのまま、王宮へ向かう。 「口数が少ない子だな。良い事だ」  疲れ果てたノアは、父上に会う前の雰囲気に戻ってしまっていた。  眼の前のものに無関心で、言われるままに、ぼーっと従う、覇気のない子供。  これは、扱いやすそうだ。とポルタークは内心安堵する。  同じ紫の眼のこの子の母には、かつてたいそう手こずらされたのだ。  馬車から降り、伯爵の後ろを延々と歩かされ、やっと立ち止まった伯爵は深くお辞儀をした。 「ポルターク伯爵とノア王子でございます、陛下」  陛下?  ノアは顔を上げた。  陛下?父上?  その人は、服の着替えの最中だったらしい。  鏡の前に立った背の高いその人の周りで、たくさんの人が動き回っている。  胸回りに金銀の刺繍が施された、金色の光沢のシルクのベスト。  後ろから差し出された同色の上着に手を通し、二、三度ゆすって落ち着かせ、鏡で姿を確かめると、その人はこっちを向いた。  肩まで広がる豊かな黒い巻き毛。  高い鷲鼻と、口ひげ。  ノアを見おろす、冷たい、黒い眼。  お付きの人が羽根飾りのついた帽子をかぶせ、宝石が柄に嵌められた杖を差し出す。  杖を受け取ったその人は、ノアを見おろして、言った。 「これが魔なしのローランディアで育った末王子か」
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