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#1:世界で1番おいしい紅茶を *執事くん*
夜が更けていく。
今週に入ってから急激に気温が下がり、秋色が深まったような気がする。
屋敷をまわりながら戸締りをチェックしていくうちに、肩からじんわりと体が冷える。
僕は上着を羽織ってこなかったことを後悔しながら、スーツの上から腕をさすった。
窓の外へと視線を向けると、綺麗な月が見えた。
半月から満月へと変わる途中の姿は白く輝いていて、雲が1つもない空では、やけにまぶしく感じられた。
目を細めながら、その月を見ていると、ふいに、お嬢さまのことが頭に浮かんだ。
寒い夜だから。
なんて理由をつけて、紅茶でも運んでみようかな?
寒がりの君は、きっと喜んでくれるはずだ。
あぁ、そういえば、今日は紅茶の日……、だった気がするな。
そんなことを考えていたから、スマホの着信音に気づくのが遅れた。
胸ポケットから慌ててスマホを取り出すと、優しい旋律がサビを終え2周目へとリピートしようとしてた。
急いで画面をチェックする。
『執事くん。あったかい紅茶が飲みたいよ~!』という、お嬢さまからのメッセージが表示された。
君が望むなら、僕は世界で1番おいしい紅茶を淹れてみせるよ!
なんて照れくさいセリフが脳裏をよぎって、自分で自分が恥ずかしくなった。
頭をポリポリとかきながら、気持ちを紅茶へと切り替えた。
甘いものが好きなお嬢さまには、砂糖とミルクがたっぷり入った紅茶がピッタリだ。
それなら、茶葉はミルクと相性がいいアッサムかな。
お嬢さまは紅茶の渋味が苦手だから、飲みやすいようにファーストフラッシュで抽出時間は短めにして……。
そうだ、ロイヤルミルクティーも悪くない。
だったら……、茶葉はルフナにしたほうがいいかもしれない。
もし、お嬢さまが2杯目をリクエストしたら、シナモンを加えてチャイにしよう。
考えていくうちに、じょじょに歩くスピードが早くなる。
胸の鼓動も加速する。
もう、戸締りチェックなんて後でいいや。
早くお嬢さまにおいしい紅茶を淹れて……。
月が綺麗だよって、教えてあげたい。
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