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#1:世界で1番美味しい紅茶を *執事さん*
夜が深さを増していく。
時間が今日から明日へと進むように、季節も秋から冬へと確実に移り行く。
昼間に空をチェックしたら、雲が少なく放射冷却が起こりやすそうだと思った。
だからジャケットの上にカーディガンを着込んで屋敷の見回りに出たものの、それでも体の芯が
締めつけられるように冷える。
カーディガンの襟元を直しながら、窓から月を探す。
銀色に輝く姿が見えた。
栗名月だ。
栗名月は中秋の名月の後に訪れる十三夜のことで、この日の月は中秋の名月と共に愛でなければ、片月見として縁起が悪いと言われている。
お嬢様は、今宵の月を見ているだろうか?
……いないだろうな。
ならば、俺がナイトティーを淹れながら、月見へと誘うのが道理だろう。
なにせ今日は11月1日。
紅茶の日でもある、良い夜だ。
お嬢様のために淹れるなら、世界で1番美味しい紅茶を!
それなら茶葉は世界三大紅茶であるダージリン、ウバ、キーマンから選ぶのが必然。
この中なら、やはりダージリンが最適だろう。
特にクオリティーシーズンのセカンドフラッシュは、渋味と香り、水色のバランスが絶妙で、奇跡と言っても過言ではない最高傑作だ。
これをブラックティーで堪能し、2杯目はミルクを加え……。
砂糖の代わりにコンペイトウを添えてみるのは、どうだろう?
星のようなデザインは、月見のナイトティーの趣きを増してくれるに違いない。
その様子を頭の中で再現し、できた紅茶を吟味する。
最高だ。
これこそ、お嬢様に相応しい至高の1杯。
そう確信すると同時に、胸ポケットのスマホがブルリと振動した。
このバイブレーションのパターンは、お嬢様だけの特別なもの。
スマホ画面を確認すると、『執事さん。あったかい紅茶が飲みたいよ~!』という一文が表示された。
ゆっくりと廊下を歩く。
すでに戸締りの確認は終わっている。
これからの深い夜の時間は、お嬢様のためだけに使いたい。
そう思うと胸が早鐘を打ちはじめ、体の冷えが少し和らぐように感じた。
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