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びくっと足を止めて暗がりをのぞき込むと、
傘を被った船頭が一人、腰をかがめてお辞儀をする。
「はぁ~・・・。」
菊池の深いため息。
「こんなところで何やってんですか?」
「えっ? わかるか?」
「あなたの声は特徴があるんですよ。」
「へ~、そ~なんだ。」
船頭が傘を上げると、いたずらっ子のように輝く大きな瞳が現れる。
「まったく・・・、大胆にもほどがありますね。
あなたは死んだことになってるんですよ。」
「わかってるよ。 だからちゃんと変装してるだろ?」
「変装・・・ね?」
わざとらしく行平の頭から足先までを眺めまわす。
「いや・・あ・・えっと・・・、
ちょっと付き合ってくれないか。」
行平について、川へと続く細い石段を下りていく。
その先には一艘の屋形船。
川幅は四、五間ほどと広くはないが、
川下りを楽しみながら簡単な食事もとれる屋形船は人気だった。
一緒に舟へと乗り込む。
障子を開けると、中には小さな机があり、
男が一人、胡坐をかいて酒を飲んでいた。
「あなたは・。」
「おうっ! 久しぶり。」
高光が陽気に手を挙げる。
「生きてたんですか。」
「当たり前だろ。」
あの時、高光は追い詰められたように見せかけて、
東の岬へと討伐隊を引き付けた。
台風で崖下が抉れ、木の根が露出していることを知っていたからだ。
足に蔓を絡ませてから崖から飛び降りるところを見せ、
崖下にぶら下がった根を掴んで、抉れている死角に身を潜めた。
そして兵士たちが引き揚げるのを待って一旦山に隠れ、
泰親たちが逃れた島へと渡ったのだ。
洞窟も崖も天候も、島を知り尽くした落人側に分があった。
「で、今はどこに?」
「それなんだが・・・。」
行平がバツが悪そうに言いよどむ。
「あの島に戻ってるんだ。」
「はぁ!? どういうことですか?
なんでそんな無謀なこと。」
「いやっ、そうなんだけどさ。
一から里を作るのって大変なんだよ。
それに一度捜索したところは探さないって法則もあるだろ?」
「それは一度探して、いなかったらじゃないんですか?」
「ま・・、そうなんだが・・・。」
相変わらず的確な指摘。
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