残業からの帰り道

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 日曜日。太陽は既に西に傾きかけている。ミエは腹の底に溜まった疲労を抱え、ヒールで蹴飛ばすようにしてオフィスから転がり出てきた。ストッキングを履いているせいでパンプスの中で滑る足を引きずるようにして歩く。足をきちんと上げて歩く気にならない上、7センチヒールの底が擦り減っているのか足元が時々ぐらつく。毎日の出勤で二足ローテーションには無理があるのだろう。もしかしたらもう一足買った方が安上がりなのかもしれない。だが、仕事用のパンプスをこれ以上増やすのは気が進まなかった。今日のように休日出勤が起こらなければそんな心配はないはずだと心の中で八つ当たりをする。  ミエはとあるIT企業に勤務するシステムエンジニア見習いだ。昨夜は常駐している客先で複数のシステムにおいて相次いだトラブルの為、課の社員として対応に駆り出され今に至る。人手不足のこのご時世、ミエのような入社2年目のぺーぺー社員の手でさえも借りたい状況だ。何故貴方は本日、つまり土曜日だが、に限って職務を放棄するのかとシステム相手に問いかけ、プログラム画面を開きエラー発生を引き起こしているステートメントを探り当てる。探り当てたらステートメントを修正し、コメントを付け加え名前を付けて保存する。探り当てるまでの時間は経験値によって大きく差が開く。理想と現実の差はいつになったら埋まるのか。今日という日は去っていくが、この生活に終わりはあるのか。  都内有数のビジネス街であるここは、平日と比べ人通りは少ない。街だけが確実に未来へ進み、そして明日は月曜日である、という現実を頭の中で打ち消した。盆休みはいまだに消化していない。同期の女子二人はどちらも異なる部署に配属されているが、この間の女子会で残業時間数を打ち明けたら二人とも頬を引きつらせていた。典型的なブラック企業、というよりブラック部署だ。  やっとの思いで駅に辿り着くと、何とも幸運なことにちょうど電車がホームに滑り込んでくるところだった。ちょっとだけ筋力が向上したミエはいそいそと乗り込み、空いている座席に腰を下ろした。
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