寄り道

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程なくして運ばれてきたのは湯気の立つ紅茶のポットとティーカップ、そして手の平サイズのタルトが二つ乗った白い皿。杏は濃い橙色の実が丸々一つ乗っていてすぐわかった。一方レモンの方は白いクリーム状のものがこんもりと小山のように乗せられており、どの辺りがレモンなのかよく分からない。小山を人差し指でちょん、とつついてみると存外にべたっとしていて、指先にこびりついた。小山にはところどころ焦げ目がついている。クリームが付いた指先を舐めてみると砂糖の甘さとレモンの香りがした。口の中で泡のような触感が弾けて消える。 「メレンゲ?」 多分そうだ。まだ大学生だった頃、チーズスフレ作りに挑戦した時にものすごく苦労したのを覚えている。やっと泡立てられた時に、ボウルの縁についたメレンゲを指で掬って口に含んだら甘さしかなくて、でもちょっと嬉しかった。あの頃は楽しかったな。呑気な大学生時代が頭の中に甦り、再び箱に戻した。指先で摘まんだレモンタルトを三分の一くらい齧ってみると、断面にはメレンゲとビスケット生地の間にレモンらしき黄色の層があった。 タルトの余りの酸っぱさに口の中がきゅっとしめつけられたあと、急に切なさが沸いてきて、酸っぱいだけのレモンが何故か甘くなる。酸っぱさと甘さが目まぐるしく入れ替わる様はまるで自分の人生のようだ。視界がぼやけ、雨がぽたりと一滴、紅茶の水面に落ちて、揺れた。 眩しい太陽の色の菓子を一口分残して飲み込んだあと、もう一つの、店の照明を煮詰めて溶かしたような色の菓子に手を伸ばす。小さく齧ると、今度は柔らかさと強い甘さが広がり、むしろほろ苦い気持ちになった。夕日が口の中で溶けていく。 所詮、甘さと苦さは表裏一体だろうか。 なら、苦しみと幸福もまた大差ないのだろうか。何も感じることができなくなれば楽なのに。腹の底にたまった重い泥で身体ごと沈みそうになる。 どこからか風が吹いて、ちりん、と風鈴の音が響く。髪がなびいて視界を覆った。 「……あれ?」 髪をかき上げた時には、いつの間にかさざめきは途絶え、周りには誰もいなかった。ちょうどミエの座る席に日が差し込み、手元を眩しく照らしている。ティーカップを脇によけ、かじりかけのタルトの皿をのろのろと引き寄せた。お客は私一人だけ。理解した瞬間、自分は一人になりたかったのかと気が付いた。涙があふれた。
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