祖国より

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「うーん」  しかし、クリアはそうと分かっていて首を捻る。 「どうしても喧嘩にはなりそうだけどね。断るんだから」 「あ」  苦笑するクリアの傍らで、タツキはすでに次の考えを巡らせていたらしく、視線を軽く上にやった。 「まとめてた荷物はそのままにしとけよ」 「え? どうして」 「場合によっては、お前とトウガをここから避難させることも考える。オレの実家なんかは、森の結界があるから余計な奴は入って来られねえし。急に環境が変わると諸々不都合もあるだろうから、まあ、最終手段な」  ここまですらすらと淀みなく答えてみせたタツキは、実際のところ、まだ考えを巡らせているようだった。しかし、これ以上は口にせず、クリアに眠るよう促す。  言われるままに背中を押され、おずおずと寝室に入った。もうすっかり寝入っているトウガの隣に潜り、起こさないように気をつけながら両腕でぎゅっと抱き締める。  クリアは、寝室に入る直前、横目でちらりと見ていた。クリアを部屋に押し入れ、おやすみ、と満面の笑みで手を振ったタツキが、次の瞬間には表情を消していたこと。月夜に光る切っ先のような、今すぐ人を殺しにかかるような冷徹な気配を漂わせていたこと。  明朗で人懐こい仮面の下にあるその顔は、多分、基本的に見てはいけないのだろう。彼に守られる立場のクリアすら、背筋が凍るほどの迫力があった。
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